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【私の会いたい100人:第2回】

更新日:2023年10月12日


「私の会いたい100人」


ただただ私の会いたい人に会いに行って話をするという企画でございます。


絵になるのか、内容のある話になるのか、そんなことはお構いなし


会いたい人に会って、出会った当時、一緒に過ごした当時の話やその後の話、

はたまた今後の話について色々と話を伺っていきたいと思います。


そして今の自分がどういう方々からの影響を受けて形成されているのか、

ということを知る一つのきっかけになればと思っています。


それでは、第2回


お楽しみに


中尾:「私の会いたい100人」 第2回のゲストにお越しいただきました「おっさん」こと

   河瀬 一哉さんです。よろしくお願いします。

       河瀬さんは、大学時代の先輩で、私が1年生の時の4年生で、(河瀬さんの)家が横浜

   駅から近いということもあり、とてもとてもお世話になった方ですが、先ずは今回の

   ゲストである河瀬さんのプロフィールを紹介したいと思います。

  


〈プロフィール〉 香川県出身。出会った当時からアイドル好きで、カラオケに行っても男の歌というよりは、女性アイドルの歌ばっかり聴いていた印象で、学生時代は大変お世話になっていましたが、気づいたら愛媛に拠点を移され、今回は「IDOL」Tシャツを着てBiSHの解散ライブに駆け付けたというのが、今回のお客様、河瀬 一哉さんでいらっしゃいます。


〈~高校〉


中尾:生まれは香川ですよね?


河瀬:そう、生まれたのは香川なんだけど、当時暮らしていたのは兵庫で、母親が里帰り出

   産したのが香川だったっていう。その後、小学校から高校まで香川で過ごしていて。


中尾:そうなんですね。お父様(の地元)は?


河瀬:愛媛。


中尾:あ、じゃあ今(愛媛に)いるのは、ご実家の近くだったりですか?


河瀬:そんなことはないけど、まあ今住んでるところから車で30分。


中尾:高校までは香川だったということですが、中学は部活って何やってたんですか?


河瀬:1年のときは野球やってて、2年からサッカー部で。


中尾:すごい?!中学の中で(部活を)切り替えたんですか?


河瀬:そうそう。元々小学校から野球やってて。小学校のときは、6年生の時に大会が8つ

   あって、その内6つ優勝して2つ準優勝で、西日本一にもなってっていう感じだったか

   ら、当たり前に中学でも野球やるんだろうなあっていうのがあって。

   でも、野球部ってどうして坊主なんだろう?っていうのがあって、先生に「野球部は    何で坊主なの?もてたいから嫌だ」って聞いたら「気合いれる為だ!」みたいなこと

   を言われて「あ、オレはここじゃない」って。それで、テニス部の子と付き合いたく

   て、テニスコートの横がサッカー部の練習場だったからサッカーだ、みたいな(笑)


中尾:当時のシゴキみたいなのはどうでした?


河瀬:サッカー部は全然だったけど、野球部が結構酷かった。

   部室に入れられて、入口からノックされたり、ダッシュで誰かが頑張ってなかったか

   ら全員叩かれるみたいな。

   自分は頑張っていたので(叩かれるのは)嫌です、って言ったら、「そういう分から

   ない奴がいるから、纏まらないんだ」みたいな精神論の一辺倒で。


中尾:でも、そう思ってても言えない人が大半だと思うんですけども、よく言いましたね?

   それは部活中に言うんですか?それとも終わってから?


河瀬:部活中。それ(シゴキ)やり始めて、いや、それは違うよと。一生懸命やってる人が

   何で叩かれなきゃいけないの?って。


中尾:サッカーはどうでした?


河瀬:そういう意味でサッカーはかっこいいし、そういったシゴキもそんな無いし、周りの

   仲間もそういう環境でやってるから、プレーに対しては厳しく(要求)してくれる

   し、良いプレーをした時はこう(親指上げて)やってくれるし。


中尾:それでそのまま高校でもサッカーをやってと。それこそ、小学校で野球で相当いい成

   績を残したわけじゃないですか。サッカーはどうだったんですか?


河瀬:サッカーは、中学の時は本当に心残りというか、最後の試合中に複雑骨折しちゃっ

   て、それまでは勝ってたのに、、、

   でも、その時もなんか思い出に残ってるのは、応援に来てくれてた校長先生が車で病

   院に連れて行ってくれたんだけど、乗せてくれたのが軽自動車でさ、ガタガタ揺れる

   から骨に響いて、「校長先生もうちょっと良い車乗ってよ」って思いながら運ばれた

   のを覚えてる(笑)


中尾:少し話は変わりますが、先生、先輩、後輩問わず壁を作ることってありました?これ

   まで話を聞いている限りそんなになかったのかなと思っちゃうんですけど。


河瀬:自分は多分野球のこと(シゴキ)が頭に残っているかもしれないけれども、あんまり

   下(後輩)に強要とかね、無茶なことも含めて、ちょっとできないっていうのがあっ

   て。高校の時にキャプテンをやらせてもらっていて、後輩に対してもプレー中、練習

   中は敬語無しでやりましょうっていう話になって。ただ、上の人に対してはやっぱり

   ちょっと怖くなっちゃう部分もあるんでね。


中尾:それってどういうことですか?


河瀬:言っちゃうんでね。こちらとしては色々ストレートに対話しようとしてるけども、向

   こうとしては「何だその言い方は?」みたいなのが、あるんじゃないかなっていうと

   ころがあって。ま、それは勝手に自分で作ってるだけかもしれないけど。


中尾:誰かに怒ることってあります?


河瀬:無いですね。


中尾:僕、河瀬さんを含めて香川県民で仲が良い人が3人いるんですよ。

   3人共怒ることが一切ない。後輩たちから、イジられたりしても平気でへらへらでき

   るじゃないですか。県民性なのかって思っちゃうぐらいなんですけど、どうなんです

   か?


河瀬:もしかしたら、中尾氏の知り合い全体を見たときに、他の県の方も含めて、そういう

   人(怒らない人)が比較的集まってるっていう可能性はあるんだと思いけど。


中尾:(香川県出身の3人を見て)本当にどうしたらこういう人になるんだろう?って思い

   ます。




〈大学時代〉


中尾:東京、神奈川の大学を選ぼうと思ったのはどういう理由からですか?


河瀬:これ答えにくい質問です(笑)    やっぱり、日本の中では東京って一番の町なので、東京には絶対行くっていうのが先

   ずあって、だから大学でも専門学校でもいいから東京に出たいと。で、大学は正直に

   言うと女子比率が高い大学を優先的に選びました(笑)


中尾:偏差値とかではなく、そこを見たんですね(笑)


河瀬:他にも受ける予定の大学は有ったけど、先に合格したところが男女比の基準を満たし

   ていたから、もう受けなくて良いや、みたいな。


中尾:行ける前提で選んでるわけですからスゴイですね?!

   言われて嬉しいか分かりませんが、(自分のこと)地頭が良いなって思います?


河瀬:いやー、思いません。地頭良いよねっていうのは、結構今の会社でもすごい言われて

   いて。マイナスの話ではないけれども、どちらかというと、何をするにしても、今の

   仕事をやってても、最初はやっぱりなかなか慣れないという感じで、だから最初のう

   ちに色々とやっとかないと苦労するぞっていうのがあり、結構、自分の中では一生懸

   命努力したという。でも、やっぱり会社の中では、「違うんですよ、河瀬さんは。皆

   が一生懸命努力して習得できるところを河瀬さんはできるじゃないですか。だから同

   じ目線で話しちゃダメなんですよ」みたいなことを同僚に言われて。

   

   でも、相手の過程を見るんじゃなくて、そのゴール地点がどこにあるかっていうとこ

   ろが社会では大事で、そこに至るまでのことってどうでもよくない?っていうのは正

   直思うから、その地頭が良いっていうことに関しては、言われて別に悪い気はしない

   けれども、嬉しくはないかなって。


中尾:ちゃんとそれなりのプロセスを経て結果を出している訳だと。


河瀬:そう、だから、中学、高校とヤンキーだった奴ががこうなりましたって言っても、そ

   のゴール地点が10じゃなくて、8だったら、やっぱり評価すべきは10の結果を出した

   人だと思う。振り幅の問題じゃない。たまにちゃんと見てる人がいて、そういう話が

   できる人がいると、自分と同じ考え方を持ってるっていうので、ちょっと共感を覚え

   ることがあるかな。


中尾:河瀬さんの場合、どんだけ残業してるかとか、こんなに頑張ってるのに、とかを見せ

   ずにその苦労の部分を軽やかに乗り越えているように見せている、というかそう見ら

   れているのはあるのかもしれないですね。


河瀬:この前、同窓会の時も、残業が大変でさ、とか、締め日だから勤怠管理しないとだか

   らと言って、飲み会の場で処理している人がいたんだけど、それなりに大変だと思う

   んだけど、なんか自分はそうありたくないかなっていう気がする。


中尾:せっかく皆で集まった時間ですしね。


河瀬:それこそさっきのじゃないけど、100の仕事をやるのに、これだけの時間をかけて

   100やっている人と、大変そうに見えているけど実は20しか出来ていない人がいると

   した場合に、自分の生き方としてはそっちじゃないなって。


中尾:(BiSH解散ライブに一緒に行った)Hさんとはたまに会ってたんですか?


河瀬:実は去年、富士急のライブに一緒に行ったんだけど、その時が10年ぶりぐらいだっ

   た。今BiSHにハマってるんだけど一緒に行かない?って送ったら1分と経たないうち

   に「OK、行こう!」って。それが10年ぶりの再会。


中尾:で、一緒に富士急行って。


河瀬:そう。Hの家の近くで合流して、Hの車で行くんだけど、さっきの話と反対で、Hは

   その日仕事が溜まってて、というのも全国80店舗くらいあるお店のメニュー開発・

   変更を一人でやってて、それこそ調理もするし、調理したのを飾りつけして写真撮っ

   てメニューにするっていうのをやってるんで。


中尾:じゃあ、休み無しですね。


河瀬:そうそうそう。そんな中で富士急も付き合ってくれて。昨日徹夜でさ、仕事終わって

   無いんだよっていうのが10年ぶり再会の第一声で。いいよ運転するから、助手席で仕

   事しててって。それで、日本で一番予約取れないラーメン屋さんが湯河原にあって、

   予約が取れたからそこに向かうんだけど、その間はHは仕事して、自分はBiSHのDVD

   を聴きながら運転して、Hが話しかけてきたら話してみたいな。でも、そのラーメン

   を食べれたのが思い出で。で、一棟貸しのところを借りて、屋上で目の前に富士山が

   バーンって広がっているのを見ながらBBQしてライブ前日を過ごしてみたいな。


中尾:贅沢ですね。


河瀬:それで翌日ライブ行くみたいな。

   解散ライブも一緒に行ってきたけど、BiSHのことちゃんと勉強して、自分以上かも

   って言うくらいハマってくれて、そういうHが47歳だけどかっこいいよ。


中尾:大学時代に話を戻しますが、何であのサークルに入ったのかな?って。


河瀬:正直、それはなんとも言えないけど、本当タイミングだと思ってて。自分は、スポー

   ツが大好きで、いろんなスポーツができるし、公認団体だと部室があるから良いかな

   とか、そんな感じだったんで。でも、飲みがキツイ。

   今もそうなんだけど、そういう(厳しい・合わない)環境を受け入れてみてどうなる

   かっていう自分も見たいし、あと自分たちでサッカーサークルも作っていて、本命と

   もう1個あるし、みたいな。だから、1年の最初のころはスポーツだけ参加して、飲み

   は帰ってた。


   そんな中、夏合宿の参加確認の連絡が1年生に電話でかかってくるんだけど、実家の

   引越の手伝いで香川の実家にいる時に、その引越しの前の日に電話がかかってきて、

   「夏合宿参加しますか?」って。夏合宿って5万円ぐらいかかるけど、その時バイト

   もしてなかったから、母親に夏合宿の誘いがあるんだけど、お金ないしって話をした

   ら、「いいじゃん。こうやって誘ってもらったのは絶対何かの縁だから」って。

   そうだよねって、明日かかってきてたら(電話は)鳴ってないし。


中尾:そうですね、そこはタイミングですね。

   (河瀬さんが)1年の時の先輩方との関係性はどうな感じだったんですか?


河瀬:あんまり覚えてないけど、イメージとしてあったのは大学4年生とか3年生ってこんな

   におじさんなんだっていう。


中尾:いや、もうまさに同感ですね。


河瀬:本当に先輩に対する思い出ってあんまり覚えてないから、特に仲良くなった人もそん

   なにないかなと思うんです。

   下はYとかMとか入ってきて。Yは最初から結構どんどん来てくれる感じで、俺は好き

   だったし、Yのおかげで人間のキャパというか、まあこういう人もいるっていうのを

   確認できたし、あいつを超える人ってなかなかいないんじゃない、みたいな。


中尾:その下の年代で私などが入って、自分が1年の時に飲み会で車旅行しようという話に

   なりましたが、誘ってくれたから行くよ、という感じだったのか、ある程度品定めし

   た上で判断していたのか?


河瀬:品定めすることは無い。

   楽しいことが好きだから、行こうみたいな。


中尾:何回か行った車旅行で印象に残っているエピソードってどんなものがあります?


河瀬:意外と難しくない?毎回楽しいから、これっていうのがあんまりなくて。

   それでも一つだけ、面白いとかそういうのじゃなくて、忘れられないのが東北行った

   時に、街灯の全然ないところで星がすごい綺麗で。車下りて、流れ星が、待たなくて

   も勝手にどんどん落ちてるっていうのを見た時に、「あ、メチャクチャ良いなぁ!」

   って。この景色は一生忘れないなぁ、って思った記憶があって。


中尾:なんかスピードの曲を歌ってた気がします、星空見ながら(笑)


河瀬:歌ってそう(笑)





〈社会に出て・そして家族について〉

中尾:(河瀬さんが)卒業したのかどうかも曖昧な中、気づいたら都内でお仕事始めてたよ

   うな印象ですが、バイトからそのままみたいな流れだったんですか?


河瀬:大学生活を終えるタイミングで、もうちょっと色んなところ、色んなものを見てみた

   いなって。それでバイクで日本一周を始めて、回っている中で、本当色んな人にも会

   ったし、色んな景色を見たし、日雇いバイトみたいなことをしながら終盤、北海道ま

   で到達して。

   一人でずっと回ってるから、人と多少触れ合ってるとはいえ、寂しい部分もあったん

   だと思うけど、テントに猫が来たから、そのままテントの中で一緒に寝てて、それで

   猫を触った手で目をこすったからだと思うけど、目がすごい炎症してしまって、それ

   で函館の病院で診てもらったら、しばらくはコンタクトつけられないですねって言わ

   れて。

   それでライダーハウスっていうライダーが集まるところで受付のバイトをさせてもら

   ってたら、今の妻がバイクで北海道一周するのでってそこに来て、そこで出会って。


   日本一周してるんだけど、目が悪くなっちゃってみたいな話をした時に「でも大丈夫

   だよ。病院の人が治るのが2週間とか1か月とか言ってるかもしれないけど、治るのが

   それ(その期間)なわけで、治らないわけじゃないから大丈夫」って言ってくれて。

   翌日たまたま検診日で、行ってみたら、もう大丈夫ですねってなって。


   多分心も満たされてない部分が有ったんだと思うし、でも、その時のその言葉が、オ

   レにパワーをこの人はくれるって、それまで結婚なんて全然意識したことなかったけ

   ど、「オレこの人と一緒になりたい!」って思ったんだよね。


   それで電話したら、北海道周り終わったら帰りに寄っていきなよって。家に泊まらせ 

   てあげるって。で、泊まりに行って。まあご実家だったんだけど。泊めてくれたその

   晩、会って2回目でプロポーズして。


中尾:え?すごい。。。


河瀬:だから、何とか近くに居られるようにって東京で仕事を探すことになって。


中尾:結婚は何年ですか?


河瀬:もう21年?


中尾:で、お子さんにも恵まれて、2003年と2005年?


河瀬:はい。早いというか、それ(第一子)が20歳になってるっていう。


中尾:すごい。うちはまだ6歳と3歳ですから。一番下の子が、小学校6年生ですよね?

   東京から愛媛に移ったタイミングというのは?


河瀬:もともと東京にずっといる予定で過ごしてて。父親が一回、孫が見たいって遊びに来

   た時に、ふと、「近くに孫がおる生活とかって幸せなんやろなぁ」みたいなこと言っ

   て、父親はずっと単身赴任だったから、ほとんど一緒に暮らしたことがなくて、最初

   は何か言ってる、くらいだったけど、一個ぐらいは(親孝行)かなと思って。それ

   で、(四国に)帰ろうかなっていう話をしたら、嫁さんは別にいいよって。


中尾:お仕事はどうしたんですか?


河瀬:ゼロから向こう(四国)移って探そうと。恰好とか身軽さから個人事業主って言われ

   るけど、普通にサラリーマンやってて、環境関連の。


中尾:めっちゃいいじゃないですか。


河瀬:海外での仕事が10年前ぐらいから増えてきて、中国とかインドネシアとか、ベトナム

   とかに自分が月の半分ぐらい行ってとか。


中尾:めちゃめちゃ楽しそうですね。


河瀬:新疆ウイグル自治区とかも行ってましたね。

   周りは、そういう仕事に手を挙げなくて、ちょっといいです、みたいな。


中尾:あ、そうなんですね。自分も、大学四年の時にバックバックで回ってる時に、パキス

   タンからウイグルに行ったんですよ。ウイグルの料理がめちゃくちゃ美味しくて、好

   きで。人もやっぱ違いますよね。


河瀬:そうそうそう。なかなか無い経験と思ってるから共感するわ?!仕事でお金もらいな

   がら、色々な国に行って、その国の料理を食べられてラッキーって。


中尾:ただ、手を挙げても、いや、お前のレベルだとまだ早いっていう人もいるわけじゃな

   いですか。それを、多分実績というか、積み上げてその選択権を持っていて、それで

   海外に行くチャンスをラッキーって言えるのが本当に素敵ですね。


河瀬:うん、ラッキー!


中尾:ラッキーだし、傍から見ても、やっぱ良いな!って思いますもん。

   成り行きで就いたお仕事かもしれないけど、良い巡り合わせですよね。


河瀬:本当に。


中尾:とはいえ、そうなる為にそれ相応のおそらく努力があったでしょうし、家族との多分

   ね、関係性も壊さないようにっていうのもあったでしょうしね。


河瀬:家族のはあんまり考えたことない。


中尾:例えば(子どもが)ちっちゃい頃はただただ可愛いじゃないですか。可愛いから、こ

   のまま大きくなってくれればみたいなのが喜びとしてあったのかなと思うんですけ

   ど、じゃあ小学生になって、中学生になって、高校生になって成長するにつれて(子

   どもに)何かを期待することって出てきたりしました?


河瀬:漠然とあったのは、音楽ができると、やっぱり毎日が楽しいというか、自分の中でや

   っぱテンション上がると、ちょっと口ずさんだりとかしちゃうじゃん?そういう暮ら

   しが幸せっていうのがあったんで、子供たちにはピアノをやってほしいなあと思っ

   て。たまたま姉もピアノやってたし自分もピアノをやってたので、ピアノがあったの

   ね。それでピアノだけは習ってほしいなって。それで3人とも習って。


   で、1個、期待して叶わなかったことがあるんだけど、スポーツをやっぱりやってほ

   しいっていうのは心の中に会って、自分もスポーツ大好きだし、スポーツで得られる

   ものってあると思うので。でも今のところ、今のところって上2人はもう大学生だ

   けど、スポーツの部活はやっぱり選ばなくて。


   でもそれは親の強要とかは一切なくて、どういうのを選ぶのかなって、(子ども)個

   人に任せるような感じ。だから、期待するものっていうのは正直無いから、心の中で

   やってくれたらいいなっていうのもそれも期待なのかもしれないけれども、そこを彼

   ら(子どもたち)は選択をしなかったと。


中尾:そろそろお時間なのですが、50代になったらやりたいことってありますか?


河瀬:50代になってからって訳じゃないけど、やっぱりいろんなフェスとか参加したいし、

   上の子が冗談半分か本気か分からないけど武道館立ちたいって言ってるんで、立つこ

   とになったら武道館に行きたいなと。


中尾:貴重な時間ありがとうございました。こういう対談形式ってあまり無いと思います

   が、どうでしたか?


河瀬:こういう話をする機会もなかったし、皆で集まっているときは楽しくワイワイ、それ

   とは別に他の仲間ともこうやって話をすることで深くお付き合いできると思うので、

   ありがたい機会でした。


中尾:本当にありがとうございました。


                                      (了)




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